今日から一人の若者が一般企業で働き始めます。

彼の自己実現を支援することができた(できる)ことは何よりの喜びです。

きっとこれからいろいろな課題が出てくるのでしょうが、乗り越えていくことができるように支援していきたいと思います。

そしてそれを通じてよりよい会社となるようにお手伝いしていきたいと思うのです。

は働く

さて、彼の就労までのことについては別の機会に書こうと思っているので、今回は、就労・定着支援を行うにあたって毎回思わされることを書きます。

それはこれまで何度か書いてきたことでもあるのですが、この就労定着支援をするにあたり相手と正面から向き合うようになるのですが、必ずと言っていいほど相手の中に私自身を見るというものです。

特にその人の持つ障がいの中に自分自身を見出すのです。

か鏡の自分

今回支援するのは20代の若者です。

それ故今回は指導すればよいだけかとも思ったのですが、やはりこれまでと同様に彼の中に私自身を見るのです。

もちろん彼の中に良い点も見出します。

それは私と共通するする点でもあったりします。

今回のケースですと、彼の持つ情熱であったり、一生懸命さであったりします。

そして私自身の中にもそれを見出し、いいことだと思うのです。

まあ彼に若さ(若きエネルギー)も見出しますが、その点は・・・、情熱でカバーするしかないですね…。

か鏡に映る姿

そして彼の障がいとなっている部分、たとえば今回のケースだと、

・相手の気持ちを察することができない、

・興奮すると(自分を)抑えられない、

・自分の感情、考えをうまくまとめられない

などこれらは大なり小なり自分自身にも当てはまることであり、彼に指導しつつも、まるで自分で自分を諭すようにも思えるのです。

障がい者を支援しつつ、自分自身の振り返りを行い、時に自分自身を猛省しなければならず、本当に私はこんなことをする資格があるのだろうかと、指導する前に自分を正さなければと思ったりもするのです。

おそらく今回もそういうシーンがあるのだろうなと思うのです。

か写し鏡

この感覚は高齢者福祉に携わっていた時には明らかに感じなかったものです。

いくら相談員であったり、管理者であったといえども高齢者を指導する立場ではなかった、業務ではなかったということもあるのでしょうが、

このように思うのは年齢を重ねてきて、私自身が成長してきたということなのでしょうか?

それともこれを感じられることこそが障がい者支援の醍醐味なのでしょうか?

障がい者支援にかかわっている他の人たちはどうなのでしょう???


ただひとつ言えることは、

障がい者支援をしつつ、自分自身を振り返り、自分自身の(こころの)成長にもつなげていける。

こんないいことはない!

ということです。


ただし一度にあまりに多くの人を支援して、次々と自分自身の修正しなければならないところ、反省材料が出てきて、それに押しつぶされても困るので、徐々に増やしていこうと思うのです。